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生体ゆらぎに学ぶ超低消費電力を実現する次世代AIデバイス Next-generation AI devices that learn from biological fluctuations and achieve ultra-low electric power consumption

構成メンバー

People

研究リーダー Principal Researcher
田畑 仁 教授 Professor Hitoshi Tabata
東京大学・大学院工学系研究科 Graduate School of Engineering, The University of Tokyo
研究者 Researchers
  • 飯塚 哲也 准教授 Associate Professor Tetsuya Iizuka
  • 関 宗俊 准教授 Associate Professor Munetoshi Seki
  • 福島 鉄也 特任准教授 Project Associate Professor Tetsuya Fukushima
  • 山原 弘靖 助教 Assistant Professor Hiroyasu Yamahara
  • 徐 祖楽 特任講師 Project Senior Lecturer Zule Xu
研究生 Research Student
長田 将 Masaru Osada 松岡 英 Akira Matsuoka 李 爍煒 Shuowei Li Sarker Md Shamim Sarker Md Shamim Liao Zhiqiang Liao Zhiqiang 菅原 広晶 Hiroaki Sugawara Zhang Wenjiong Zhang Wenjiong Park Han Sol Park Han Sol 堀川 貴道 Takamichi Horikawa 杉本 雛乃 Hinano Sugimoto

課題

Issue

ムーアの法則の限界

“ムーアの法則”に限界が見えてきました。 ムーアの法則とは、1965年にインテルの共同創始者であるゴードン・ムーア氏が「一つのチップ上の半導体の集積率は18カ月ごとに倍増する」として半導体技術の進化を予測した指標です。過去50年の間、半導体はこの予測の通り微細化・集積化を続けコンピューティングの発展を規定してきました。近年のAIの台頭もこの計算機の性能向上の恩恵に寄るところが大きいと言えます。しかし近年、いよいよ半導体の微細化・集積化には物理的、エネルギー効率的な限界が近づいています。現代の先端半導体プロセッサは5nmプロセス技術で製造されています。この先も集積化技術は進展していくと思われますが、これまでのような指数関数的な性能向上は期待できなくなっています。また、消費電力の問題はより大きな課題として顕在化しています。半導体の技術革新による省電力化は約10年前から下げ止まりになっており、経済産業省によると2050年には総消費電力の約60%をICT機器が占めるに至ると予測されています。このような状況の中、更なるAIの進化の為には、従来とは全く異なる新しい発想でのコンピューターの開発、特に動作時の超低消費電力化や待機電力低減を実現する「省エネルギー」技術革新が喫緊の課題となっています。

研究の内容

Contents

従来型コンピューターの壁を越える研究

本研究では、従来のコンピューターに代わる次世代の計算デバイスとして、情報の伝達や処理に電子の電荷を使わない新しい仕組みを用いたコンピューターの実現を目指しています。特に、生体がもつ“ゆらぎ”に注目し、これまで“厄介者”であったノイズを環境中のエネルギー源として積極的に活用するという設計指針に基づき、次世代の超低消費電力のコンピューターの実現を目指しています。

[1]スピントロニクスが実現する超低消費電力コンピューター

これまでの電子機器は電子の特性の一つ、電気の素となる「電荷」を利用して情報の伝達・制御を行ってきました。電子機器の進化を支えてきたのは電荷の流れ(電流)を制御する技術「エレクトロニクス」であると言えます。しかし、ムーアの法則が限界に近づくにつれ、電子のもう一つの特徴に注目が集まっています。それは、磁気の素となる電子の回転「スピン」です。スピンには、コンピューターのエネルギー問題を解決し得る可能性が有り、現在このスピンを扱う「スピントロニクス」に関する研究開発が世界中で精力的に行われています。
電流を扱うエレクトロニクスでは、情報の伝達・制御に実際の電子の輸送を伴うため熱の発生が避けられず、大きなエネルギー損失があります。これに対し、スピンによる情報の伝達・制御は、スピン波と呼ばれる電子の角運動量(いわば回転運動の勢いを表す量)が波として伝わる現象を利用する為、電子の輸送を伴わず熱の発生なく情報の伝達・制御が可能です。この性質により、スピンは熱損失なく情報を伝達・制御できる次世代の超低消費電力コンピューターへの応用が期待されています。研究チームには、既に世界に先駆けて新たなスピン波素子の材料である高温スピングラス材料を作製した実績があり、この優位性を維持し加速することで、従来コンピューターの消費電力の問題を克服し、信頼性が高く革新的に低消費電力なデバイスの実現を目指しています。
より具体的には、人の脳の振る舞いを模した脳型コンピューター(ニューロモルフイック・コンピューティング)の実現に向け、宝石として知られる磁性材料ガーネットを用いたスピン波素子の研究・開発を行います。本研究の成果は、スピン位相干渉による量子計算やリザバーコンピューティングへの応用が期待されています。

[2]ノイズを利用するという逆転の発想

本研究の特徴的なアプローチとして “確率共鳴”という現象を応用したスピン波素子の研究開発があります。確率共鳴とは、通常検出できないような微弱な信号に適度な雑音(ノイズ)を加えると、ある確率の下で反応が向上し感度よく検出されるようになる現象のことです。実は多くの生き物が感覚器や神経伝達において、この確率共鳴を利用していることが知られています。例えばある種のサメの実験では、ノイズとして弱い電流を流すことによって、より遠くのプランクトンを見つけて捕食できるようになることが観測されています。 確率共鳴は私たち人間を含む多くの生体が生来備え、巧妙に活用している現象なのです。
従来の工学では、ノイズは好ましくないものとして考えられ、それをいかに除去するかに最大限の努力が費やされてきました。しかし、本研究では逆転の発想で、これまで厄介者だった“ノイズ”を有用な役割をはたす存在として活用します。研究チームは “ばらつき”や“熱ゆらぎ”などのノイズを環境中のエネルギー源と捉え、積極的に活用出来る電子デバイスの設計・開発を目指しています。
より具体的には、磁気光学材料であるガーネット磁性薄膜上にスピンゆらぎを誘起し、スピン軌道相互作用によりスピン角運動量(スピン波)を電気的に検出できる室温動作可能な脳型素子(ニューロモルフイック素子)の実現を目指しています。またこれらの成果は、スピン波演算によるリザバーコンピューティング、スパイキングニューロン等への応用が期待されています。

価値・期待

Expectations

本研究プロジェクトが切り開く未来の可能性

機械学習ではニューラルネットワークという人間の脳の働きを模した学習法を基盤技術としていますが、現在、この主要技術である人工ニューラルネットワークはソフトウェア上で実現されています。しかし、これまでのコンピューターはその構造上、プログラムが保存されているメモリとそれを実行するプロセッサが分断されており、現在の集積回路技術では大規模かつ高速な動作の為には大きな熱損失があり、エネルギー効率を度外視する必要がありました。
本研究が目指す室温動作可能な脳型素子は、スピン波動現象により高密度で柔軟なニューロン間結合に相当する働きを無配線で実現し、かつチップとして実装することが可能なので、大規模システムの集積化に適しています。本研究は今後のAI社会を推進するために必要不可欠な超低消費電力高性能端末機器の実現につながることが期待されます。